モジモノノ

Twitterの過去つぶやきや300字ssなど文字モノのまとめ

300字ss「雨」 2015.06.06

○雨に待つ○

「うわ雨かよ、傘もってきてねーし」

 窓の外を見てうなる友人に、鞄から折り畳み傘を出して渡す。
「夕方まで図書室にいるから」
「でも」
「その頃には雨もやむさ」
「じゃ遠慮なく」
 そんな風に教室で別れたのが2時間前。

「鍵しめるぞ」
 伝法な司書に部屋を追いだされ人気のない校内を昇降口へ。外は土砂降り。家まで走って15分。
(濡れ鼠確定だな)
 と、下駄箱の奥に見慣れた姿があった。
「なんでいるんだ?」
「雨やまねーし、コレないと困るだろ?」
 折り畳み傘を掲げて彼が笑う。傍らに立てたビニール傘の水滴はほぼ乾いていた。
(一体いつから?)
 疑問は喉の奥へ。
「…助かった」
「だろう?」
 得意げな様に薄く笑う。まったく、こいつには敵わない。

 



○音満ちる○

とん、ト、たららっ、てん、ツ、ててン

 錆びたコップに欠けた小皿。突然の雨に追われて這入った山中の御堂には、足の踏み場もないほどに器が敷き詰められていた。
 思い思いに雨を受けるその間を抜け、煤けた仏像の脇に腰をおろしたのがつい先程。ほっとしたのも束の間――御堂のなかを青白い童が軽々と舞い遊ぶのが目に入った。
 幽霊なのか妖なのか、息を殺して眺めていると。ふいに童がこちらを向いた。
「…!」

タタッ

 すぐ目の前に新しい雨漏り。
 ふと思いついて荷袋から白の絵皿を出して床に置くと、テンッと新たな音。それに満足したのか、童が顔いっぱいで笑う。
 ふたたび雨の落ちる器の間を舞いはじめたすがたに、知らず肩の力は抜けていた。


○雨乾○

「アマホシがくんだって」
「いつ?」
「今夜。見にいくだろ?」
 そう言って悪友はにんまり笑う。

 夜中に家を抜け出して学校へ。校庭を見おろす非常階段の3階で待つこと1時間。
「きた」
 校門の前には幾重にも布をまとった人のすがた。
 男とも女ともつかないソレは雨にぬかるむ校庭をすべるように歩き、中央でしずかに両手をあげ――
「お」
「わ!」
 地面から数えきれないほどの水の粒が浮きあがり、雨を逆再生したみたいに空へ昇っていく。水たまりは泥水だったのに、しずくは黄金色。
 夢のような光景に見惚れ、ふと目線をさげるとアマホシがこちらに軽く手をふって、かき消えた。
「…おれたちバレてた?」
「みたいだな」

 明日は体育祭の予行演習がある。


○あめのひ○

「ごしゅじんあめです」

 平坦な声に読んでいた本から顔をあげれば、書斎の窓に細かな雨の粒。予報では曇りだったのに。
「ま、梅雨だから仕方ないか」
「つゆ?」
 首をかしげて彼が問う。
「きのうゆかにながしたしるですか?」
「雨が降る時季のことだよ。あと僕が零したのはコーヒー」
「こおひい」
 ひとしきり口のなかで単語を転がしたあと、黒い目がこちらを見あげた。
「おさんぽおやすみですか?」
「…合羽きて行こうか」
「はい」
 嬉々としてリードを取りにいくすがたを見て吐息をひとつ。

 赤錆びた雨が降るようになって半年。
 御神木が枯れたの、目だらけの妙な魚が釣れたのと極端な変異にくらべれば、飼い犬がしゃべるなんてのは可愛い方なんだろう。


○叛乱○

 鉄をも穿つ黒い雨に、生物を狂わす緋の雨。

 ある日なんの前触れもなく降りそそいだ異質な雨は、人々の安寧を粉みじんに砕いた。多大な犠牲を払いながらその特性を探り、たどり着いた答えは"雨が影響しない海へ逃げる"こと。

 陸にしがみつく者たちを残し、海中シェルターで暮らす者、水中に適応するためみずからの体を改変する者。そうして一握りの人間たちが光の届かぬ深い海で暮らしはじめた。

 やがて、雨の叛乱すら伝説と成りはてたころ。

 長い尾ひれをひるがえし、ひとりの若者が浅海を目指していた。
 鰓をとじ、思い切って顔を出した外の世界には、空一面に広がる灰の雲。水中とはことなる景色に魅入る彼の――その青白い頬に透明な雨が、一粒。