モジモノノ

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300字ss「別れ」 2016.03.05

○別れの夜○

「ほんま勘弁してぇや」

 胸に猫をかかえて部屋に入る。
 帰って早々玄関で飛びつかれてスーツは毛だらけ。しかも黒だから余計に目立つ。「この甘えた」そんなボヤキもどこ吹く風、猫はのどを鳴らしてご満悦だ。
 電気をつけてソファに座れば気力が尽きた。深々と身を預け、白い天井を見上げる。
「…」
 しんと冷えたワンルームに思いだすのはあいつの顔。花に囲まれた顔は眠るようで――触れれば凍えるほど冷たかった。
 不意に息が詰まって視界がにじむ。
 と、胸もとの猫が身じろいだ。鎖骨のあたりに頭をおいて長々と寝そべる。服越しに伝わるのはのどを鳴らす振動と、たしかな体温。
「おまえほんま甘えたやなぁ」
 目を細める猫に、震える声でささやいた。



○センチメンタル○

 午後2時の電車は人もまばらで、間延びした空気をのせて線路を走る。車窓をよぎる桜色は、去年も一昨年もその前だって見てるはずなのに、今日はいやに目を惹いた。
 駅前からつづく坂を上って10分、誰もいない校庭を前にしても感慨ひとつ浮かばない。
(…帰るか)
 来た道を戻ろうとすると見慣れた顔が坂を上ってきた。
「石橋?」
「おー三井」
 こちら目の前で足を止め、彼はにんまりと笑う。
「お前もやる? 卒業制作」
「?」
 数秒後、ことばの意味を理解して半眼になる。
「…なにするつもりだ?」
「さーてね」
「ったく」
 悠々と校庭を進む級友に数歩遅れてついていく。

 卒業制作という名の悪戯を止めるのか、誘いに乗るのか、自分でもわからないままに。



○彼らの計画○

「ハル、面白いものあったぞ」
 談話ブースに入るなりセキが差し出してきたタブレットには、古いノートの画像。
「なんだ?」
「学生の日記っぽい。卒業生にボタンもらったって書いてある」
「足がつく可能性は?」
アーカイブの履歴は消した」
「上出来、これでいこう」

【通達】昨日の学園壮行会で選抜生のボタンを奪った者はただちに名乗り出なさい【教務部】

 届いたメールをゴミ箱へ。“選抜生のボタンを手に入れれば成績が上がる”。そんな噂を流して1週間。計画通り壮行会は学生が山と押しよせ滅茶苦茶になった。
 呆気にとられた彼女の顔を思いだして頬がゆるむ。
(大成功)
 泣いてる姿を見たくない――そう願って僕らはこの計画を立てたんだから。



○みぃさま○

 格子戸から見る景色もずいぶん変わった。
 庭はろくに手入れもされず、池の鯉は死に絶えてひさしい。
 屋敷も時折にぎやかになるが、それとて二日と続いたためしがない。

 朝、日が昇ってしばらくすると屋敷から老いた人間が歩いてくる。
 社に卵を供え、しわだらけの手をあわせる。まぶたを伏せてつぶやく言葉はいつも同じ。
「みぃさま、今日も皆が無事で過ごせますように」
 社に参るのはこの人間だけだ。ここに嫁いだ日からずっと。

 ある夜、屋敷の屋根から小さな光が空へ昇った。
 星粒になるのを見届けて、とぐろを巻いていた身を起こす。
 あの人間が還った今、ここに留まる理由は――もはやない。


 数日後、葬儀を終えた家人が庭の隅で崩れた社を見つけた。