300字ss「風」 2016.04.02
○ぼくの魔法○
ぼくは魔法が使える。
ささやかな風を呼ぶ地味なものだけど、子どもの頃はそれが嬉しくて、ティッシュをよく部屋で舞わせたものだった。
(あれは楽しかったなあ)
仕事帰りに寄った駅前のカフェ、窓際のカウンターでぼんやりそんなことを思い出す。ガラスの向こうには足早に通り過ぎるスーツ姿や、道路わきで立ち話をする女子高生たち。
「…」
静かに息を吸い歩道の一点を見つめる。
(3、2、1…)
魔法が発動したのを見届けて視線を手もとへ。すっかりぬるくなったコーヒーに口をつけながら、今しがた目に焼きつけた光景を思い浮かべる。
むかし見た白い薄紙のように、ふわりひらりと軽やかに舞ったスカートとその中身。
コーヒーは実にうまかった。
○初仕事○
鞄を肩に詰め所を出れば、目の前の平原には数十匹の飛竜たち。つばさを広げたりまどろんだり、思い思いに過ごす彼らのあいだを抜けてちいさな崖の上へ。
「リンド」
呼びかけに墨色の小柄な竜がふりかえる。その背に負うのは"出来損ない"と蔑まれる猛禽のそれ。
他の竜のような速さは出ない、けれどしなやかな羽根は風を抱いてずっと高く飛べる。そのことに気づいたとき進む道は決まった。
僻地への郵便配達――この仕事なら一緒に空を飛べる。
「行こうか」
首に据えた鞍にまたがり手綱をにぎる。手紙の入った鞄は落とさないよう身体の前へ。風除けのゴーグルをさげ、かかとで首筋を蹴れば出発の合図。
どこまでも青い空に、猛禽のつばさが広がった。