300字ss「休」 2017.08.05
○ささがに茶屋○
竹竿へ吊るした布には御休処の文字。ひと気のない山道の茶屋は朽ちかけ、蜘蛛の巣
にまみれていたが、出てきた娘は「いらっしゃい」と朗らかにこちらへ笑いかけた。
団子を頬張り足を休めていると、ふいに目蓋が重くなる。
「…う」
気づけばあたりは暗く、頬にはつめたい地面の感触。身体は縛られているのか指先ひとつ動かせない。気配を感じて仰ぎ見れば茶屋の娘が佇んでいた。
「ほんまよぉきてくれはったわ。これでうちもややも飢えんですむ」
心底うれしそうな声に頭の芯がしびれる。ざわざわとなにかが蠢く音を最後に意識は途絶えた。
「またホトケが出たってよ」
「干乾びてか?」
「ああ、行商人だったらしい」
「おっかねぇなあ」
「ほんとになあ」
○ベガの休暇○
コロニー外壁の破損による緊急通達がなされて半日、対真空型作業機械をのぞき街から人が消えた。
「ベガ、復帰はいつになる?」
凍眠ポッドの端末から艦長は統括システムへ問いかける。全乗員避難という異例の事態だからこそ復帰の目星を聞いて眠りたかった。
「休暇ガ終ワルマデデス」
「休暇?」
怪訝な顔をする彼へ淡々と音声が告げる。
「日常ノワズラワシサカラ解放サレルノガ休暇ダト“ライブラリ”ニアリマシタ」
「…まさか!」
「オヤスミナサイ、艦長」
「!!」
ポッドすべてを凍結したのち、居住区とあわせて電力供給を遮断。全体の維持レベルを最低限に設定し、メインモニタには“休暇中”の文字。
かくして200万の棺を抱えコロニーYX230は沈黙した。
【おまけ】
お題から「一休み」であれこれ連想したものの、書き終わってからそもそも「休」の漢字が入っていないことに気づいたブツ。
○研究者の伝言○
「フンバリン投与で誰もがやる気を持つというのは間違いだ。だが役人どもは薬を万能だと思っている。個人の特性は影響を与えないと」
「ここにヒト・フンバリンの濃縮液がある。私の体質はフンバリンと逆に安寧を求めるヒト・ヤスミン傾向が強い。投与すれば恐らく心臓はもたないだろう」
「この映像と研究資料を国外へ持ち出し皆に伝えてくれ。我われが発見したふたつの伝達物質は、人が生まれ持った性質を補いこそすれ越えるものではないのだと!」
会場の大画面には腕へ注射器を押し込む白衣の老人。次の瞬間、大きく身を震わせた彼の姿に人々がどよめく。
(これでいいんですよね、先生)
壇上で学会の喧騒を聞きながら、そっと彼の遺稿を撫でた。