300字ss「人形」 2018.03.03
〇来る日のために〇
実家から届いた荷物の隅に転がっていたのは人形の手。
(なんでこんなものが?)
小指の先ほどのそれを摘みあげると火花のように記憶が爆ぜた。
縁側の陽だまり
雛壇からおろしたお雛さま
庭に淀む影
腕に食い込む爪
縁側に残された小さな手
“あんた小さい時神隠しにあいかけたんよ”
(母さんの話、本当だったんだ)
あの日身代りとなって消えた雛人形の形見。
(失くした思ってたけど…)
すっかり塗りの剥げた手を見つめていると胸の奥にじわりと暗い予感がにじむ。
(アレがまたやってくる――この子を連れ去りに)
その恐ろしさ思わず身体が震える。雛人形の手を握りしめ、腹を抱えながらも心を決めた。
(…あなたはわたしが守るわ、何があっても)
〇独白〇
螺子や発条、真鍮で作られたこの身に死の概念はない。修理できぬほどに壊れたら棄てられるだけ。なのにこの人はまるで怪我人を運ぶように私を抱えてひた走る。軍服はきっと今ごろ潤滑油まみれだ。
春成さま、油汚れはお洗濯が大変なのですよ? そう嗜めようとして声が出ないことに気がついた。両腕を失くし腰から断たれた身体では他になす術がない。
わたしは比嘉峰の機鬼人形。機怪相手に戦って壊れるなんて茶飯事で、人とは違うのだと何度言っても頑固な主はわかってくれない。
「小花、もう少しの辛抱だ」
押し殺した彼の声も少し遠くなってきた。力強い鼓動を頬に感じながら目を閉じる。
叶うなら工房で父様が「もう直せない」と言いませんように。