モジモノノ

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300字ss「帰る」 2018.08.04

〇懐郷病〇
 
 ガラスの向こうで髪を振り乱す幼馴染。壁を叩く拳には血がにじみ、大きく開いた口

は一体何を叫んでいるのか。
 あまりの姿に言葉を失っていると病室まで案内してくれた医師が「先祖がえり」なのだと言う。コロニーの住人だけが発症する病で大昔に捨てた惑星へ帰ることをひたすら望むのだと。説明の間も彼女は叫びながら壁を叩き続ける。その頬をつたう涙を見たとき心を決めた。

 窓の外は漆黒。
 ちっぽけな救命艇でどこまで行けるのか不安は尽きない。けれど道半ばで果てるとしても彼女の願いを叶えたかった。
 寝そべるこちらの胸に頭を乗せた幼馴染は病院から連れ出してからは不思議と落ち着いている。「これでずっと一緒」と嬉しそうな声が聞こえた。

 

〇よる るるる〇

「帰るなら乗ってく?」
「ホント!? 嬉しい」
 反射的に答えて後悔した。黒いスクーターにまたがるバイト仲間はちょっとタイプだったから。
(軽いと思われたらヤだな)
 そんな不安も彼の後ろに座って肩をつかんだら吹っ飛んだ。勢いよく流れていく景色そっちのけで幸せに浸っているとふいに左側が眩しくなって、目の前が真っ暗になった。


「帰るなら乗ってく?」
「…ありがとう、助かる」
 笑顔で返したももの何かがヘンだ。妙な違和感は走りはじめてようやく消えた。手のひらに伝わる肩の温もりが嬉しくて(このまま家に着かなきゃいいのに)そう思った瞬間、左側から車が――


 目の前には黒いスクーターにまたがるバイト仲間。
「帰るなら乗ってく?」

 

〇誰そ彼〇
 
 突っ伏していた頭を起こすと「起きた?」と正面で友人が笑う。麦茶持ってくるよと彼が座敷を離れてしばらく、蔵の虫干しを手伝いに来たことを思い出した。昼飯のあと寝てしまったらしい。
(なんか夢まで見たし)
 うんと伸びをすると開かれたアルバムの一枚が目についた。古びた写真には日の丸の旗を持つ青年が数人――左端に友人とよく似た顔があった。
(あ、泣き黒子が違うか)
「それおじさん。航空隊に行ったんだって」
 戻ってきた彼が机にグラスを置きながら、骨も帰ってこなかったらしいと呟いた。少しかすれたその声をさっき聞いた言葉を思い出す。

「あいつをよろしく」
 屋敷の縁側で微笑んだ友人の目元には、黒子。

 あれは本当に夢?それとも…