300字ss「願い」 2015.07.04
○松葉簪伊達兵庫○
「ようやく金の目処がついたよ」
こちらの手をとり若旦那が嬉しげに囁く。
「今度こそ大門をくぐろう、清瀧」
禿に連れられ部屋を出ていく背を見送り吐息をつく。太夫になって三年、身請けの話はこれまで幾度もあった。けれど――
<無理だろうねえ>
心を読んだように虚空から声が降る。
<米問屋の女将じゃ贅沢の程度が知れる>
「…」
<なぜそんな顔をする? お前の願いを叶えているのに>
心底不思議そうな問いに唇をつよく噛む。あの人も近いうちに死ぬだろう、この声の主に魂を喰われて。
“きれいなおべべがきたい”
幼いころ村はずれの祠で願ったそれは今やこの身を縛る呪いだ。
煌びやかな屏風の前、豪奢な衣をまとった女はひとり、涙をこぼした。