300字ss「お盆」 2015.08.01
○オボンのバサシ○
「ゴセンゾサマは馬で来て、牛で帰る」
「そうらしいね」
「…fantastic」
呟いていそいそメモをとるのは、春から実家にホームステイしているケイト。金髪碧眼、スタイルもいい。ただ惜しむらくは好奇心がよく暴走することで。
このときもそうだった。
「タクム、馬はどうなります?」
「は?」
メモから顔をあげてこちらに問う彼女は真剣だ。
「家に来た馬です」
(そんなの考えたことないって)
どう答えたものかと考えていると、パチンと軽快な音。
「バサシですね! このあいだテレビで見ました!」
「…」
わが意を得たりとニッカリ笑う彼女を前に、それは違うと言えるはずもなく。
その後しばらく、彼女はキュウリのスライスを「オボンのバサシ」と呼んでいた。
○東京観光○
街頭ビジョンでは猛暑日の記録を更新したと涼しい顔のアナウンサー。亡者のように歩く人々のあいだを抜け、電車を乗り継ぎ向かった先――情報通の同僚に教えられた場所からは、なるほど確かに白い塔がよく見えた。
(ただ高ぇだけじゃねえか)
吐息をつくと、肩に触れるいくつもの感触。
首をひねって見れば、連れてきた奴らが身を乗り出して塔を見あげていた。血の気の失せた顔のなかに喜びが透けてみえる。
繋累の絶えた者、墓すらない者。地獄の釜蓋があいてもかえる場所がない亡者を連れ、現世をめぐる。その引率係に選ばれたときは貧乏くじと思っていたが…。
(ま、いいか)
ベンチに腰掛け頬杖をつく。今日ぐらいはわがままにつきあってやるさ。